産経新聞 8月22日(土)14時11分配信
前回、若手女性監督の活躍ぶりについて書いたが、どっこい中堅どころも負けてはいない。コンスタントに作品を発表しているタナダユキ監督(40)の新作「ロマンス」(8月29日全国公開)は、元AKB48の大島優子を主演に迎え、久しぶりにオリジナル脚本で挑んだ意欲作だ。
「人から提供された脚本だと勝手に直したくはないので、ここはこうしたいんだけど、と脚本家と相談しながらやることになる。それが自分の脚本なら瞬時に判断できるというのはあるが、本当にこれでいいのかっていう不安は大きいですね。桜庭のせりふじゃないけど、もっとああできなかったのか、こうできなかったのか、とつい思ってしまうんです」とタナダ監督は照れ笑いを浮かべる。
桜庭とは、「ロマンス」に登場する自称映画プロデューサーの役名だ。大島優子演じる鉢子は、小田急の特急ロマンスカーで飲食物を販売したりするアテンダントをしている26歳。仕事はそつなくこなすが、子供のころに家を出ていった母親のせいで心にとげが引っかかっていた。そんなある日、ワゴンから商品を万引しようとしていた桜庭という中年男(大倉孝二)に、母親から届いた手紙を見られてしまう。手紙の主は死のうとしていると主張する桜庭と一緒に、鉢子は母親を探して箱根の観光名所をめぐることになるが…。
「別に問題が解決したわけではないけれど、本人の心の持ちようがほんの少し変化しただけでも幸せなことなんじゃないか。それは全く見知らぬ他人と出会ったからこその変化で、自分のことを知らない人だから話せることってある。しゃべることによって、ためていたものを少し吐き出すだけでも、きっと楽になると思うんです」と作品の意図について説明する。
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鉢子の26歳は演じる大島と同じ年齢だが、タナダ監督に言わせると、何でも許される20代前半とも、自立した大人の30代とも違う、中途半端な年代だという。監督自身で言えば、自ら主演した初監督作品「モル」が、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)でグランプリを受賞したのが、26歳のときだった。
「でも自分の母親はもうすでに姉を出産していた年齢だし、当時は若いという自覚は持てなかった。何か中途半端な年齢だからこその思いってあったよな、と自分のことを振り返ることができたような感じです」
一方で、映画プロデューサーの桜庭にも自身の思いが投影されている。「ロマンス」では、鉢子のもやもやとした心情とともに、思い通りにいかない桜庭の映画人生も語られるが、「自分自身、いろんな仕事がある中で、なんで映画なのか明確に答えられないと思ってきた。でも気がつくと15年くらいこの世界にいる。飽きっぽい性格なのに、唯一これだけは続けているけれど、明確な理由ってうまく言葉にできないんですよね」と打ち明ける。
PFFでグランプリに輝いた後、平成16年にはドキュメンタリー映画「タカダワタル的」を監督。その後も順調にキャリアを重ね、20年の「百万円と苦虫女」では日本映画監督協会新人賞に輝く。ほかにもテレビドラマにプロモーションビデオ、さらには小説も手がけるなど多才ぶりを発揮してきたが、本人は「周りからは割と順調な人だと思われているけれど、企画したうちの3分の1は白紙になっている。苦労せずにここまで来ているわけじゃないんだけどなあ、という思いはあります」と語る。
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若いころから、自分が映画を撮らなくても誰も困らない、ということを肝に銘じて生きてきた。だからといって、いっぱしのアーティストみたいに、気分が乗らないから作らない、ということは許されない身分だというのは自覚している。逆に、だからこそ仕事を受けたときはきちんとやらなくては、という意識につながっていると強調する。
「だって仕事だから。仕事しないと生きていけないですからね。でも仕事として受けた以上は、何とかして自分がおもしろいと思うところまで持っていきたいという気持ちはあります」
8月、40歳を迎えた。人生の半分くらいを生きてきたからこそ、当たり前のことに改めて気づいた部分もある。「ロマンス」にはその思いも込めた。
「それは、誰かと出会うということは、生き別れるか死に別れるか、どっちかの別れが絶対にくるということ。それって当たり前のことなのに、普段は気がつかない。長く生きれば生きるほど生きることに上手になるわけじゃなくて、後悔ばかり重ねることになる。別れにも後悔はつきものだが、それを少しでも納得のいく後悔にするためにはどうしたらいいのか。答えがあるわけではないけれど、自分が一歩を踏み出せなかったから疎遠になった人もいますからね。それってあまり豊かなことではないなと思えるのは、今の年齢になったからこそだと思います」(藤井克郎)
【中山治美映画コラム】大島優子はカメレオン女優? 撮影現場のエキストラも気付かず
女優・大島優子主演&タナダユキ監督『ロマンス』が8月28日に公開される。同作は大島のAKB48卒業後、初の主演映画として注目されているが、鉄道ファンにとっても小田急グループが全面協力しており、心踊る作品なのだ。
何を隠そう“鉄ちゃん”の筆者は、「映画の撮影で、ロマンスカーの乗客役のエキストラ募集しているらしい」という情報を耳にし、昨年秋に参加した。あぁ、至福のひととき。
映画における鉄道シーンの撮影は日本の場合、許可を得るのは非常に困難だ。日本のダイヤは海外でも評判になるほど緻密で正確。無理難題を言う撮影隊を受け入れて、他のお客様に迷惑をかけてはいけない。撮影隊にとっても肖像権などに配慮して他の乗客が写り込まないよう注意が必要だが、世界でも屈指の乗降者数を誇る都心では至難の技。
そこで東京メトロのシーンの多くは、撮影に協力的な神戸市営地下鉄が“代役”として大活躍。日本を舞台にした香港・仏合作映画『ラスト・ブラッド』(2009年)の時は、古い丸ノ内線車両が走っているアルゼンチンまで撮影に赴いた。新幹線を舞台にしたアクションが重要だった三池崇史監督『藁の盾』(13年)は、日本の新幹線車両を導入している台湾で撮影を行ったのは有名な話だ。
今回は大島主演映画の企画を受けたタナダ監督が、物語について盟友の脚本家・向井康介に相談。そこで出たのが、“特急列車のアテンダント”という主人公の設定だった。早速、特急ロマンスカーを運行する小田急電鉄に打診したところ快諾。タイトルは小田急が特急ロマンスカーにちなみ『ロマンス』。物語も、車内でひょんな事から出会ったアテンダントと映画プロデューサーが、箱根でのプチ旅行を通して自身の日常をふと振り返るという、旅の本質を突いた内容になっている。箱根駅伝に負けず劣らずの、小田急グループを巧みに、丸ごと活用した作品だ。
筆者が参加したのは、昨年10月7日午前9時47分・新宿発-小田原止まりのさがみ63号(MSE60000形)と、同午前11時23分・小田原発-新宿着のさがみ78号の往復。2両を貸し切っての、走行しながらの撮影だ。箱根に行く設定なのに、それじゃいけないじゃん!と突っ込まれそうだが、そこはご愛嬌。時間にして約50分ずつ。その間に大島演じるアテンダント鉢子が車内サービスを行っている様子と、後輩アテンダント久保(野嵜好美)がコーヒーをこぼして客とトラブルになり、鉢子がフォローするというシーンを撮らなければならない。前日の台風18号通過の影響もあってダイヤに乱れが出ており、さがみ63号の新宿駅到着時間に遅れが出てスタッフは少しヤキモキ。
筆者に与えられた役の設定は、外国人観光客3人を同行して箱根旅行に向かう乗客。前方座席を回転させてボックス席にし、同じくエキストラに駆り出された留学中の大学生たちとグループを装う。かしこまった表情で写ってしまうのも何なので、車窓を眺めつつ、ゲームや漫画に興味があって日本を選んだという留学生たちと談笑する。まさにプチ旅行気分。
そこに、ワゴンを押しながら大島優子がやって来た。鉢子が外国人観光客にコーヒーをサーブする設定になったのだ。撮影準備中、大島は気さくに留学生たちに話しかけていた。それに普通に応対している彼ら。撮影後、思わず「彼女が誰か分かった?」と尋ねてみた。
筆者「AKB48って知ってる?」
留学生「もちろん知ってます」
筆者「今の大島優子だよ」
留学生「え、えーっっ!!」
白状すれば筆者も、なかなか大島だとは気付かなかったのだが。実はエキストラ募集時、混乱を招かぬよう出演者の名前は伏せられていた。ロマンスカーに乗車してから、主演を知った次第。それでもアテンダントの制服姿があまりにも似合い過ぎて、確証を得るまで時間を要したのだった。かの高倉健も吉永小百合も、大スターと呼ばれる方たちは、何を演じても良くも悪くも高倉健であり吉永小百合であるが、大島は何色にでも染まることができるカメレオン女優タイプなのかも。
それから約1カ月後の同年11月8日。小田急新宿駅でのラストシーンの撮影にも参加した。撮影は、終電から始発の間。日頃、味わうことのない静まった駅構内は新鮮。改めて感じたのは駅の清潔さ。ホームにゴミが落ちていたり、時にはネズミが走っている駅もあるが、それが一切ない。撮影を横目に、一心不乱に清掃しているスタッフに心の中で頭を下げた。ちなみにこのシーン。映画では夜中に撮ったとは思ぬような、清涼感すら感じさせるシーンに仕上がっているのでご注目。
さてご存知のように箱根は、火山活動の影響で観光に影響が出ていると言われている。ならば憧れのロマンスカー展望席は今が狙い目か!?と不謹慎ながら、旅の計画を立てたくなった。そして、映画『ロマンス』のロケ地巡りといきましょうか。
(映画ジャーナリスト・中山治美)
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