取材・文:高山亜紀 写真:本房哲治
職場ではみんなから頼りにされるしっかり者。一方、プライベートでは他人に流されやすくて優柔不断。ロマンスカーのアテンダントであるヒロイン・鉢子をまるで自分の分身のように自然に繊細に大切に演じた大島優子。それもそのはず、鉢子は彼女をイメージして書かれたキャラクター。本作はタナダユキ監督にとって『百万円と苦虫女』以来、実に7年ぶりとなる待望のオリジナル脚本作品である。残念なことに今の日本においては貴重になってしまったオリジナルの映画。大島、タナダ監督が本作への思いを語った。
■身にまとっていたものを取り払い、自然体で挑んだ
Q:AKB48卒業後初の主演映画ですが、心の持ちようは違いましたか。
大島優子(以下、大島):撮影前は闘志に燃えていましたが、現場に入ると、そんなものは要らないとすぐにわかりました。逆に今まで、身にまとっていたものを全部取り払って、真っ裸で挑まなきゃと思い直したんです。おかげでとてもリラックスして、自然体でいることができました。今は出来上がった作品を皆さんにお届けするのがとても楽しみです。
Q:タナダ監督と大島さんは意外な取り合わせでした。
タナダユキ監督(以下、監督):AKB48時代から“推しメン”で、気になる存在でした。明るくて元気で、太陽のような笑顔。テレビに出ている人に対して、わたしたちは勝手なイメージを抱きますけど、大島さんに対するわたしのイメージは「子供のころに見たお姉さん」。全てをわかって引き受けているような印象を持っていたんです。彼女の弾ける笑顔を見ながら、大島優子という人の中に、すでにドラマを感じていたのだと思います。
Q:笑顔の裏側を引き出したいと?
監督:引き出せるかどうかというとわかりませんが、いろいろな表情を見たいと思ったんです。「今の大島さんが演じるに値するものって何だろう」ということを考えていくと、等身大なんだけれども、大なり小なりいろいろな悩みを抱えていて、それでもまっとうに生きようとしている女の子がいいなと思いました。
Q:大島さんは台本を読んだとき、どう感じましたか。
大島:わたしをイメージして書かれたとは知りませんでしたが、同世代の鉢子にはすごく共感するところがありました。26歳の女性ならではの悩みや将来の不安にわたし自身、うなずける部分がたくさんありました。「これを芝居でできたら楽しいだろうな」と思いました。今は取材を受けるたびに、オリジナルの脚本を書いていただいた喜びをかみしめています。時間を割いて、自分のことを考えて、作っていただいた。タナダさんの7年ぶりのオリジナル脚本で、卒業後初主演。本当に幸せな撮影だったんだなとあらためて感じています。
Q:26歳ならではの女の子あるあるとは具体的にはどんなことでしょう?
大島:鉢子はダメンズと付き合っているんです。「この人、ダメだよなぁ」と思いながらもちょっと甘やかして、ずるずるとつながってきた関係を切り捨てようとはしない。きっと20代前半なら、理想と違うからと次へ行くかもしれません。でも、20代後半ともなると、「まあ、しょうがないか」と思ってしまう。そういう女としての妥協はわかるような気がしますね。
■女優・大島優子は「素晴らしい」の一言
Q:想定して書いたとはいえ、大島さんが演じているのを実際に見て、どうでしたか。
監督:「素晴らしい」の一言です。本当に細やかなお芝居がきちんとできるんですよ。例えば、わたしがキャッチャーで「外角、低め」みたいな構えをしたら、そこにズバッと来るんです。それでいて、「ここはあえてボール」というか、変なところに球をやっていいよと指示すれば、そこにも来られる。鉢子という人物に息を吹き込めたのは大島さんしかいなかっただろうと思います。
大島:わたしは逆に個性的な芝居をしたことがないので、思いも寄らないアドリブで脚本に色を付けることができる役者さんには、到底かなわないと思います。
監督:いや、できると思いますよ。どんな球を投げても返してくるし、あるいは返そうという努力をすごくする女優さんだと思いました。現場で見ていても飽きませんでした。撮影期間が短かったので、もっと見ていたかったです。
Q:個性的といえば、相手役の大倉(孝二)さんとの共演はどうでしたか。
大島:大倉さんは個性的でした。セリフ、表情、何を取っても、毎回「そう来るんだ」という驚きがありました。わたしには難しいなあと。
監督:鉢子として、一本、筋がしっかり通っていて、他の個性の強い人たちのお芝居を受ける。それを26歳の若さできちんとできてしまうところが、女優・大島優子のすごみだと思います。仕掛ける側、かき回す人たちはある程度自由に動けますが、対して受けのお芝居をする人は自由度が狭まりますから。
■一生に一度しか出会えない作品
Q:大倉さんとのコンビは会話のテンポもシルエットも抜群でした。
大島:波長が合ったというか、凸と凹が重なったような、絶妙なバランスで成り立っていたのだと思います。身長差があるから、アップにすると見切れてしまって、どちらかが映らないんです(笑)。芝居に関しては、こうしていこうとか、役者としてどうこうというような話はほとんどしませんでした。本番直前まで、しりとりとか、内容のない話ばかりしていましたね。
Q:スイッチの切り替えがうまいんですね。
監督:大島さんは本当に自然体でした。「今、役に集中しているから、話し掛けないで」みたいなことはまるでなく、普通にそこにいてくれて、一緒に作っていく感じでした。
大島:一人でいたりすることもありますが、今回はそういう役柄でもなかったので。作品によっては、制作する方と俳優部が分かれているような場合もありますが、今回はみんなが一緒。みんなで動いて、みんなで作る。そこにいて当たり前というような空気を作ってもらっていたので、わたしもその場にいることができました。
Q:等身大の役が功を奏したところもあるのでしょうか。
大島:セリフや役の感情によっては、「これはどういうふうに持っていこう」と考えるんです。そこまで持っていくには当然パワーを使いますから、ペース配分を考慮して、エンジンのかけ方から変えていきます。役によってはそういったシーンがたくさんある場合もあるのですが、今回はまったくありませんでした。自分の持っていた感情を、代わりに鉢子に全部出しているようでした。わたしの中で閉ざしていたものを開けてもらったような感覚がありました。
監督:2週間で撮影したので、こちらは毎朝起きるたびに、「この分量、撮り切れるのかな」と必死でした。特に電車のシーンは時間の制限があります。なのに、クランクアップしたときに大島さんから「こんなにリラックスできた現場は初めてでした」と言われて、シビれました。やっぱり、修羅場をくぐってきた人は違うなと(笑)。
大島:居心地のいい現場はこれまでもありましたが、今回は全てが解放されていたんです。何もかも無理がなくて、違和感もなかった。あんなに心地よく撮影できたなんて、あの感覚はもう一生ないんじゃないかと思っています。この作品との出会いによって、「すごくいいスタートを切らせていただいた」と心から感謝しています。
大島が「時間を割いて、自分のことを考えて書いてくれた」とタナダ監督にオリジナル脚本を感謝すれば、「大島さんだからこそ、成立した企画」と監督も大島に感謝を告げる、大島であり、大島ではないヒロイン・鉢子に、これまでにない自然体で挑んだ大島優子。なかなか見られない素顔の彼女に最も近い表情が作品の中にはあふれている。その貴重な姿を目撃すれば、観客もまたこの奇跡のコラボレーションに感謝せずにいられないだろう。
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